第4話
――ドラゴンは撃ち殺された。
身内のいなかった彼の遺体は隠蔽の意味も込めて英国政府が回収し、せめてもの情けとして、マグヌセンの母国が信仰する宗教に則り、彼の墓は立てられた。
形ばかりの祈りを終え、マイクロフトは帰路に着く。――モリアーティの映像を映した電波ジャック、それの意味するところ。英国、ひいては世界への影響を鑑み、行うべき情報統制。
脳裏をよぎる――“シェリンフォード”。
彼のやるべきことは山積みであった。考えなくてはならないことは、常人の倍程度では済まなかった。それを為すことができるだけの頭脳をマイクロフトは持っていたが、だからといって余裕があるとも言い難い。
それでも、その日の夜――マイクロフトは思い出していた。マグヌセンとともに、庭園を眺めたあの日を。
目を閉じる。マインドパレスでは、丁寧にラベリングした感情たちがマイクロフトを出迎えた。
目的の場所へと彼は歩き出し、ほどなくして、その歩みを止める。
あの日覚えた感情が収まっているその瓶のすぐ隣――奥まった場所に隠された、小さな小さな、小指の長さにも満たないほどに小さな感情を、マイクロフトは手に取った。
「――ミスター・マグヌセン」
昼下がりに二人で歩いて回ったあの庭園の彩やかさに、夜も更ける頃に庭園を彩った月の花の美しさに――心が動いたのは、なにもマグヌセンだけではなかった。
あの日、二人は確かに、感情を共有していた。その事実に、マイクロフトの天秤が、傾きかけるほどに。
あの一件さえなければ。
お前が私の友人に手をかけてさえいなければ、もしかしたら、我々は――
「――残念だ」
マイクロフトは、持っていた小さな瓶を手から滑らせた。重力に従い落ちる小瓶は、ぱりんと乾いた音をたてて割れる。
ここは現実世界ではなく、マイクロフトの脳内、マインドパレス。使用人などいなくとも、マイクロフト自身が動かずとも、不要となった情報は消去できる。すでに、床に落ちた小瓶は消えかかっていた。
マインドパレスから少しずつ薄れゆく感情。あの日覚えた感情の、そのラベリングは――“失意”。
「……ひとつ違えば、我々は本当の意味での、“ビジネスパートナー”になれたかもしれませんのに」
心を許すことはなかったとしても、友人になることはできずとも。
少しは軽い冗談を交わしあえるような、そんな普通の、ビジネスパートナーに。
「さようなら、ミスター・マグヌセン。――さようなら」
いとど募る虚しさよ【完】