01

 ――酷いものを見た。
 マグヌセンは手に持っていた手紙を机の上に置いた。彼らしからぬ乱雑な仕草である。まるで視界に入れたくないと言わんばかりに左手を手紙の上に重ね、彼はこれまた珍しく、大きな溜め息を吐いた。机の前に立っていた秘書――ジャニーンが首を傾げる。

「いかがいたしましたか?」

 ジャニーンの問いかけにマグヌセンは何も答えない。ただ黙って額に右手をやり、俯くばかりである。指の間から覗く眉間には皺が寄り、何かに――恐らくはつい先ほど開封した手紙に――苦悶しているようだった。

「体調が優れないようでしたら――」
「いや、大丈夫だ」

 今日は珍しいことばかりだと、ジャニーンは目を丸くする。――マグヌセンは自身がビジネスマンであることを殊更強調している男である。
 裏社会で生業としている恐喝業のあくどさ故に強調せざるを得ないのかもしれないが、彼自身、ビジネスマンであることに一種のアイデンティティを持っているようだった。そんな彼は、実は滅多と人の言葉は遮らない。交渉術の一環として意図的に遮ることはあるが、基本的には最後まで聞き、そのうえで自身の“意見”を通す。
 そんな彼が、力なく首を横に振り、ジャニーンの言葉を遮った。ビジネスシーンで稀に見るだけだったその行為を、よもやこの部屋で見ることになるとは。
 CAMグローバルニュース社の最上階にある執務室に、空調音だけが響く。彼をここまで追いつめる何かが、先ほど自分が手渡した手紙の中に含まれていたのだ。そのことに、ジャニーンは多少ながら興奮していた。
 彼女は気付かれないように小さく唾を飲む。――もしかして、失脚? とうとう恐喝王が恐喝されるのかしら。
 そんな下世話な野次馬精神がひょいと顔を出しているのを感じる。秘書とはいえ、曲がりなりにもニュース業界に身を置くものとして――否、何よりも恐喝王の秘書として、他人の不幸には仄暗い快感を覚えてしまう。そういう人間になってしまったのか、あるいは元からそうだったから恐喝王の秘書としてこれまで働く事ができていたのか。彼女はあえて答えを出さずにいる。
 マグヌセンが顔をあげないことをいいことに、ジャニーンはそっと封筒を盗み見た。手紙の安全確認の際にも目にした差出人の名前には見覚えがある。ドーバー海峡を挟んだ隣国、フランスにおいてマグヌセンが最近“熱をあげている”男。内容こそ知らないが、彼が仕事と称して足繁く通うほどの“美味しい”圧力点を持ってしまった男の名前だった。
 マグヌセンが、前触れもなく顔を上げる。ジャニーンは慌てて視線を床に落としたが、マグヌセンがそれを気にする様子はなかった。

「ジャニーン。 今日の業務はもういい。特別休暇として処理するから帰りなさい」
「……では、午後の業務の調整を行なってから――」
「それもこちらでやっておく。――ご苦労」

 そうはっきりと言われ、挙げ句の果てにひらりと手を振られてしまえば、秘書として言えることは何もない。雇用主が業務遂行を拒否するのなら従うほかにない。
 それに、この二人の関係性は、ニュース社のCEOとその個人秘書というだけではないのだ。――“恐喝王と、その被害者”でもあるのだから。